キャリアの相談を受けている際によく聞く要望は、「自分に合う会社で働きたい」です。「合う」って色々な 要素が内包されていて、一口で言えるものではありません。「合う」を構成する要素をすべて棚卸し、各要素におけるその人にとっての「合う」を確認していく作業が必要です。自分自身で明確に自覚できてない人も多く、この作業にはそれなりに時間を要します。
自社製品や職場環境、尊敬する上司やユニークな会社の制度など、毎週様々な「はたらくインセンティブ」を持つシゴト充実系20代女子にインタビューする「She Loves…」。第13回は、システムの受託開発とRPAの導入・運用支援をなりわいとする、マイプラス株式会社でRPAコンサルタントとしてご活躍の松本唯香さんをご紹介します。
ご実家は教会でお父上は牧師さん、高校時代はノルウェーへ留学して職業訓練校で水産・調理・英語を学習、大学では神学を専攻して宗教・歴史・社会学を深く学び、将来は水産関連の会社を起業することが目標と言う松本さん。宗教と水産がオーバーラップし合ってる中で、新卒の就職先として現職のIT企業を選択。そして、自ら「合う環境」を定義し、見事カルチャーがピッタリ合う会社への就職を実現されてます。そんな、自ら Loveな環境を手繰り寄せた松本さんのこれまでとこれからを取材しました。

これまでの人生を楽しく振り返ってくれる松本さん
マイプラス株式会社 (HP: https://www.my-plus.co.jp/ ) RPAエンジニア
東京都出身。大学卒業後、新卒でマイプラス株式会社へ入社。2021年4月で社会人3年目を迎える彼女は、現在RPAエンジニアとして活躍中です。常時10社程度を担当し、各クライアントの要望・課題ヒアリング~設計・構築~実装・テスト、納品後のフォローまでを一人完結で行っています。クライアント企業の業界は多岐に渡り、日々さまざまな業界特有の業務課題に、勉強しながら向き合っています。
知人の強い勧めでなんとなく留学を決め、ノルウェーへ1年間行きました。未成年の為、自己責任で行動することができず、何をするにもホストファミリーと関わらないとならない環境で、まず言葉の壁にぶつかりました。もともと英語は得意でなかったため、ホストファミリーが言ってることもわからなければ、自分の言いたいことも伝えられないため半年くらいはうまくコミュニケーションが取れず…。自分の気持ちや考え、伝えたいことを自問自答する日々が続く中で、自然と内省を繰り返す習慣が身につき、思考を深掘するようになっていました。
学校は地方の職業訓練高校へ通い、調理を勉強していました。ノルウェーは豊かな漁場に恵まれており、新鮮でおいしい海産物がたくさんとれます。調理を勉強する中で海産物に触れる機会も多く、次第にその魅力に取りつかれていきました。「将来は水産業へ関わりたい!」と強く思うようになったのはこの頃です。
また、学校で「クラスで会社を立ち上げる」というユニークな授業がありました。どうやってスポンサーを集めるか、どういった書類を作成するかなどを学び、実際に模擬会社をひとつ創ってしまうわけです。この経験から「ゼロから創るってめっちゃ面白いやん!」と、将来の起業を意識し出します。

ノルウェー留学時の起業体験での一幕
ノルウェーから帰国し、進学先は同志社大学の神学部を選択しました。水産や起業について学ぶことも考えましたが、最後の学生生活は、常に生活のそばにあった宗教というものをもっと多面的に勉強してみたいと思い選びました。宗教ってほんとにおもしろくて、周辺にある歴史や社会学なども一緒に学んでいくんです。ノルウェーで身についた内省力がここでも活き、学習しては自分の中で思考を深め、出た結論をもとに新たな学びを得ていくことを繰り返しました。色々なことを学ぶ中で、自分が正しいと思うことを行っていかないとならないと考えるようになり、自分の価値感に従って生きようと思うようになりました。この頃に学習を通じてできた自分の価値感は、「誠実であること」「人とのつながりを大切にすること」「今を大切にすること」でした。
また、学費は自分で工面していたため、学校で勉強している以外は基本的にアルバイトをしておりました。特定の仕事を長くやるというよりは、いろいろな仕事を体験してみたい想いもあり、様々なアルバイトを転々としていました。かけもちは当たり前で、多いときは5つのアルバイトをかけもちすることもありました。 色々なアルバイトや職場経験を経てはっきりしたことは、「自発的に行動できる職場でないと楽しめない」ということでした。私、人に言われてやるの、本当に好きじゃないみたいで…(笑)。
これまでのお話しで想像は容易かと思いますが、最初は水産業界への就職を目指しておりました。でも、様々な企業様の会社説明会に行ってみて強く感じたことは、「私のスタンスとはとことん合わない」という点でした。さすがは第一次産業で、日本の伝統的なあれこれが色濃く残る業界だということがわかりました。ゼロから創るどころか大昔からあるし、自ら発案・企画して行動を起こすというよりはルールに従ってオペレーションしていくことが主だし、将来は自ら発案できるポジションに就ける可能性があるかもしれないけど今が全然楽しくないし!これは、私しごと楽しめないな…、と。
それでも将来は水産関連で起業したいという気持ちは変わりませんでした。そこで、起業に役立つであろうスキルを身に着けられる業界に就職する方向へシフトチェンジを決意。改めて色々な業界をゼロベースで眺めてみて、IT業界にしようと決めました。漠然とですが、第一次産業にもITを活かすことで実現できる未来があるだろうと思いましたし、技術力を身につければ自分の思うような働き方ができると思ったからです。

こんなわがまま放題の私を受け容れて下さり、さまざまな機会を頂けてる会社には本当に感謝しています。 起業をするために必要なスキルアップができる環境で、下記の3つのカルチャーが大好きです。
【1】私のやりたいことに挑戦させてくれます!
私は今、RPAエンジニアとして、20社程度のお客様を支援させて頂いております。この仕事は本当に私の性に合ってるんです。お客様の業務上の課題や改善要望をヒアリングし、それをどう実現するか企画提案し、そのうえで自らプログラムを組んで実装・テストをし、納品とアフターフォローまで行います。ゼロから10まで自分でやりたい私にとっては最高の仕事なんです!現在はAIについての勉強にも取り組んでおり、これについても会社がバックアップしてくれています。社員の挑戦したいことに寄り添ってくれるカルチャーが大好きです。
【2】まだまだ創業期!会社作りに携われます!
2014年創業の弊社は、まだまだ創業期です。様々なルールや物事の進め方、役割分担なども試行錯誤しながら決めています。そういった環境下で、経営者・ベテラン・新卒の別なく発言でき、また、関わりたいプロジェクトに関われる環境が楽しくて仕方ありません。去年は、2年生にも関わらず自社リクルートページ改修プロジェクトに手をあげてJoinさせてもらいました。社長の方針の中に「自分たちの会社を自分たちで動かしている実感を持てるようにしたい」というのがあります。実際にトップダウンではなく、会社運営の一端を担えている感覚を持つことが出来、日々充実しています。
【3】ステキな社長&この環境を好む仲間たちの存在、サイコーです!
最後に、やっぱり松岡社長の存在は大きいです。社員達に挑戦を促して機会を与え、大きな心で見守ってくれる。トラブルや困ったことがあれば手を差し伸べてくれる。顧客ファーストの精神でいて良いといってくれる。本当に感謝しています。そして、そんな社長の考えに共感して集まった仲間たちと一緒に、日々お客様や会社の為に頑張れることも楽しく、しあわせな環境に身を置けていると感じています。

マイプラスの仲間たち
やっぱり、水産業関連で独立したいというのは変わってません、10年後くらいかな。北欧の美味しい鱈のタンを輸入したい!面接で社長も応援してくれるって言ってましたし(笑)。でも、そこまでの具体的な道のりはあえて設定しないようにしてます。今はとにかく、自分の目標に繋がりそうなことに取り組み、目の前のことを全力で頑張ることに決めています。ひとまずは、RPAエンジニアとしてお客様の要望に、自力で100%お応えできるようになることを目指しつつ、3年後にはAIエンジニアとして活躍できるよう技術習得を進めて行きます。
公私ともに、今日人生が終わっても悔いの無い生き方をしたいと思っています。興味持ったら手をつけてみて、やると決めたら全力投球。日々やり残しはつくらないよう頑張ろうと思います。
非常に大人びた女性でした。さまざまな物事を深く考えており、自分自身のこともよく理解されてました。30代・40代でもこういう方は少ないかもしれません。周囲に流されることなく自分で考え、決断・行動できる、自分の人生をしっかり生きている女性です。ストレスコントロールの仕方もよくわかっていて、深い自己理解のたまものだと感じました。
水産業×ITでどんなサービスが生まれてくるのか、私にはまったく想像できません。マイプラスさんの子会社として、どうせなら会社が出資したくなるようなサービスを開発し、世に出てくることを楽しみに待ちたいと思います。そして、ノルウェーの美味しい鱈の肝を食べれること願っております!
まずはAIエンジニアを目指し、一球入魂中の彼女を応援していきたいと思います。がんばれ~!
取材日:2021年3月22日
文責:小林大志
]]>
「仕事の内容に合わせて、好きな時に、好きな場所で働きたい…」。こんなこと、誰しもが一度はかんがえたことあるのではないでしょうか。これは欧米で広がりつつある働き方「ABW(Activity Based Working:アクティビティー・ベースド・ワーキング)」ですが、日本ではまだまだ理解されていないように思います。今回は、そんな環境を得るために手に職をつけようと、未経験からシステムコンサルタントを目指してITの世界に飛び込んだ女性のお話です。
自社製品や職場環境、尊敬する上司やユニークな会社の制度など、毎週様々な「はたらくインセンティブ」を持つシゴト充実系20代女子にインタビューする「She Loves…」。第12回は、システムコンサルティングをなりわいとする2017年設立のベンチャー企業、株式会社フローリッシュでシステムエンジニアとしてご活躍の松森真由さんをご紹介します。
松森さんは、仕事以外にも大事にしていらっしゃることが2つあります。それは、家庭と演劇です。そう、実は彼女は既婚者であり、舞台役者でもあります。仕事・家庭・演劇、時間軸の異なるこの3つの大事な物をどうバランスをとっていこうか、そんなことに悩んでいた時にフローリッシュの社長と出会ったそうです。

ビジョンを熱く語ってくれる松森さん
株式会社フローリッシュ (HP: https://www.flourish-rs.com/ ) システムエンジニア
東京都出身。大学卒業後、新卒で入社した会社を1ヶ月で退職。しばしのあいだ引きこもり、その後は演劇にのめりこむ。ぼちぼち働こうと思い入社した紅茶販売の会社で販売員をしていた時に、現職の岩間社長と出会い、フローリッシュの立ち上げに合わせてジョインした社員第一号。現在はクライアント先に常駐しながら業務システムの開発に従事している。
わたし、好奇心旺盛で割と何にでも興味持ちやすいところがありまして…。加えて、やり始めるとだいたいのめりこんでしまうんです。大学時代は被服科専攻で、服飾の歴史をとことん学んでました。それはもう、バイトはそこそこにサークル活動もせず、ひたすら勉強してました。演劇も、まったく経験ないところからひょんなご縁で始めたら、私の人生の大事な部分を占めるまでになってしまって。で、手に職つければ演劇の時間もとりやすくなるだろうと打算的に始めたITは、全くの未知の領域でしたがこれがやってみると広くて深くて面白い!飽きない領域で、自分に合ってると感じています。
自分が目指す生活に近づくために必要なスキルアップができる環境で、下記の3つの存在に感謝しています。
【1】私に技術を教えて下さるお客様の存在
私は今、お客様の会社に常駐し、お客様が会社で使う業務システムの開発に従事しています。もともとはプロジェクトのマネジメント補佐として事務的なお仕事からスタートしましたが、ついに自分でプログラムを組む仕事に挑戦しています。最初はわからないことだらけでなご迷惑ばかりおかけしておりましたが、お客様が私の知らない技術などを丁寧に教えて下さるおかげで、最近はようやく一人でプログラミングできるようになってきました。お客様のおかげで、私は成長できています。
【2】離れていても身近に感じられるフローリッシュの仲間たちの存在
フローリッシュには現在8名の社員(みな女性)がいますが、常時半分くらいは異なるお客様先に常駐勤務しています。離れ離れではありますが、全員が気の合う女子同士ということもあり、なにかあれば気軽に相談し合っています。また、月に1度はみんなで集まっておいしいご飯とお酒を楽しんでおり、家族のような関係で付き合えています。皆がいてくれていることで自分も頑張ろうという気持ちになれます。
【3】お母さんのように愛情深い社長の存在
そして、やっぱり岩間社長の存在は大きいです。社長はお母さんのような人です。仕事はとってもできるのに性格はおっとりしていて、私たち社員をあたたかく見守ってくれています。私たちの自主性を尊重してくれつつ、トラブルが発生した際には矢おもてに立ってくださいます。未経験の私も、安心して日々新しい仕事に取り組めています。この世界に入るきっかけを与えてもらい、また、成長を支援して下さり感謝しています。お仕事でお返ししたいと思っています。

舞台の稽古にはげむ松森さん
目指すは自立したシステムコンサルタントになることです。お客様の課題解決にコミットし、短時間でお客様の要求通りのパフォーマンスを出せるようになりたいです!そして、たっぷり残った時間の大半を演劇に、ある程度は家庭に使いたいと思っています(笑)。
時間や場所にとらわれずに働ける(≒ 時間・場所の制約があっても指名してもらえる )コンサルタントに成長し、舞台役者としても妻としても、パフォーマンスを発揮できるようになりたいと思います。
あ、そういえばわたし、久しぶりに舞台に立つんです!ちょっと宣伝させて下さい!! 「感情7号線」という劇団の公演に出演させていただきます。この劇団は、作・演出の桐野翼さんを中心とした演劇団体で、時系列の違うシーンを、同時会話によって進行させていく手法を得意としています。恋愛感情の切なさや儚さを役者が体を使って表現します。演出は叙情的な美しさに重きが置かれ、役者の立ち位置、台詞の出し方、間など細部に拘っていて見応えがあります。観劇が初めての方も楽しんでもらえるような作りになっているので、ご興味のある方はぜひ遊びにいらしてください。
フライヤーと私の出演スケジュール、チケットお申し込み用のURLは以下の通りです。



※チケットお申込み → https://www.quartet-online.net/ticket/ituyume?m=0mcceie
まじめで義理人情に厚く、正義感のある女性といった印象でした。情報の処理速度が速い方で、数学的能力値が高そうに感じました。確かにIT関連業務への適性はありそうで、岩間社長は業務で関りがあったわけではないのによく彼女の能力を見抜いたな、と感心させられました。
自分の大好きな演劇のために、仕事は効率的に取り組みたい。でも、お客様から要求されたこと以上のパフォーマンスをお返しして喜んでいただきたい。なんともよくばりなはなしです(笑)。でもそのために懸命に努力されており、本気でそんな自分になることを未経験から目指しておいででした。熱い!
コンサルタント・役者・妻、それぞれの彼女を応援していきたいと思いました。ひとまず公演を観に行ってきます!
取材日:2019年6月16日
文責:小林大志
]]>引き寄せセラピスト(https://ameblo.jp/makiel0729)
ヒーリングエステティシャン
あま市出身。親の影響を受け建築関係の大学に進学するも大学3年生の時に中退。不動産会社に勤務しながら通っていたエステに興味を持ち、家族の反対を受けながらも休日にスクール通いを始める。その後自宅に引き寄せセラピストとして開業し、会社勤めとの副業を行っている。

親が建築の仕事をしていたので私も大学は建築学科に入りました。ただ、建築への興味も特になく兄弟とくらべてもデザインセンスはないし、このまま続けるのはどうなのかと正直悩んでいました。そんなことを思いながら通っていた最中、様々な事情から大学を中退することに。その後は自分が大学で専攻している分野に執着がなかったからそう思えたんでしょうね。自分にできることをしよう!と決めました。そこで始めたのが整体院でのアルバイトです。元々エステに通っていたことから、人の身体に触れながら施術を行うことに面白さを感じていました。「わたしもやってみたい!」という興味から父が通っていた整体院に入ったのですが、それが想像以上にとても厳しくハードで・・・。一ヶ月で断念し辞めてしまったんです。その時院長から「このまま逃げ出すのか」と言われたことが今でも耳に残っています。
整体院はあきらめて、今度は父の紹介で不動産会社に事務員として勤務することにしました。それと同時に興味のあった化粧品会社のエステスクールにも通い始めました。最初は仕事もしながら興味のあることもやって充実!なんて思っていたのですが、ある日知り合いと『将来の夢』の話題になった時、私は何一つ思い浮かばず願望もないことに突如すごく焦りを感じました。将来の夢となる自分の好きなことは何なのか真剣に考えました。結果、やっぱり自分が受けるエステのように人の身体に触れ対話することが一番好きだと気づきました。半年間スクールに通っていて何となく引っ掛かっていた「自分は化粧品を販売したくてエステをしている訳ではない」という思いにもその時気づくことができたんです。そんな時身体も心も癒すヒーリングエステの分野で活躍している人の講座を受ける機会がありました。そこで私は手技・知識・心構えを再確認するきっかけをもらいました。しかし、自分の歩みたい道は決まっても両親に話すと猛反対。「そんな興味だけで大金を注いで一体何になるんだ」とものすごい剣幕で言われました。わたしを心配しているからこその言葉でも理解してもらえないという悔しさを感じましたね。そのため親には内緒でエステを習いに行くことにしました。

両親とはその後エステの話に触れることなくわたしも反発する気持ちでいたんですが、あるビジネスセミナーの講義の内容で自分と向き合う機会がありました。そこで自分がいかに親へ感謝しているかを痛感したんです。黙認してくれている両親の姿、そしてわたし自身は両親に認めてもらいたい願望を抱いていること。その想いに気づいたら、自然に両親に「見守ってくれていてありがとう」と想いを伝えたくなりすぐにメールを送りました。すると両親からは「いつも応援している」と返信が。あんなに反対していた両親が、実は後押ししてくれているということ。また、自分は認めてもらえていたということに気づけたのはすごく嬉しかったですね。
副業は一見大変そうに見えるかもしれませんが、わたしにとっては自分自身のバランスを保つ手段なんです。平日は事務職、休日にエステティシャンと、エステは人の為にやっているようで自分の癒しでもありますから。それに全然違うジャンルの仕事を違う視野で見れること、別世界の環境であることも気分転換になるんです。それをどちらかひとつに絞るとなると今は選べないんですよね。事務職があると安定し安心して日々過ごせるメリットと、エステはわたし自身も癒されることを大きなメリットにしてバランスをとっています。それに、努力していれば結果はついてくるんですよ!引き寄せセラピストと謳っていることからも、目に見えないことこそ必ず結果はついてくる・・そんな想いがあるから、二足のわらじ(笑)で向かっていけるんだと思います!

好きなことを貫きたい想いでやっているので、かつて言われた「このまま逃げ出すのか」にも負けたくないんですよね。目指していることは、『自分の直感や感覚を優先すれば自ずと引き寄せられる』と伝えることですね。今は経験を積むことでめいっぱいですが、もしかしたら将来エステを本業としているかもしれません。今のように副業をしていることは、自分自身のバランスをうまく取りそれに付き合っていくことではないかと思います。凝り固まった世間の常識や固定概念もありますが、人にどう映るかではなく自分らしくどう付き合っていくかを優先しています。
]]>自社製品や職場環境、尊敬する上司やユニークな会社の制度など、様々な「はたらくインセンティブ」を持つ20代女子にインタビューする「She Loves…」。第10回は、現在の営業職に苦手意識を持ちながらも一つひとつ目の前の課題にひたすら取り組む、杉山知子さんをご紹介します。
ホーメックス株式会社(http://www.homex-co.com/) 営業本部名古屋支店係長 司書
名古屋市出身
子供好きで保育士の道も考えるが、大学進学の時に将来の夢をここで決めてしまうのは少し早いと思い保育とは全く違う別の学部に入学。就職活動の際も社会に出てやりたいことは特になかったため一般事務と考えていたが、選考の早かった総合職の募集要項から練習を兼ねて受け始める。その際も業界はバラバラでとりあえず受けてみただけという気軽なものだった。

わたしは元々あまり熱意とかこだわりが強くないのですが、昔から子供が好きでした。そのため大学時代月に1~2回、子供と遊ぶレクリエーションのサークルに入っていたんです。自分の好きなことをたまにするだけと思いきや、遊ぶ為の企画や打ち合わせに追われて日々忙しいサークルで、気がつくと4年経っていました。アルバイトは飲食店のホールをやっていましたが、一旦掛け持ちで時給のいい歯医者補助のアルバイトも始めたんです。ところが合わなくてすぐに辞めたいと思ったのですが『辞める!でも一年はやる!』と決めていまして笑。 結局その通り、歯医者のバイトは一年後に辞め、飲食店は卒業までやりました。大変な中でも目標を持ち、時期が来るまで結局やり続けていたということがなんだかとても多いですね。

大学卒業後もこれといってなりたい職業もなく、一般事務にしようと思っていました。ですが一般職の選考は総合職に比べると遅いんですよね。大学4年生らしく何かしら就職活動をしようと思い、面接の練習を兼ねてとりあえず興味のある会社を受けたんです。
この会社に決めたのは当時の人事の方がマメに連絡をとってくれたからです。複数社の内定の中からやり取りが細かにあったのがこの会社です。フタを空けてみればいつの間にか入社していましたね。
入社して半年は現場研修でした。研修後の配属先は大学時代に司書の資格を取っていたことから、図書館の現場管理に抜擢されまして!入社一年目で責任ある仕事を任され引き継ぎもあまりなく、何十人もの勤務管理を引き受けるとなるととても大変でした。上司と現場で働く方両者からの意見を聞き、まさに上からと下からの板ばさみ。初めての経験ですし習う機会もなかったので、あれほど大変な思いをしたことはなかったと今でも回想するくらいです。
2年目からは営業職に移ることになりました。わたし自身があまり人前に立つことが好きではないので既に営業に乗り気ではなかったんです。官公庁を中心とした施設の営業がメインで、人前でプレゼンをすることも多いのですが未だにあまり得意ではありません。でもプレゼンのためのプランをコツコツと考え、そのための資料をデザインし作成することは楽しくて仕方がありません。唯一わたしのリフレッシュ作業ですね。アイデアを練ることもプレゼンすることも苦手と苦痛の隣り合わせですが、資料作成に携わっていることが生き抜きなんです。一度に何十枚もの資料を作成するなんて普通の人は大変だと感じると思いますが、それが楽しくて!それを知ってか今では他部署の人からも資料作成をお願いされることがよくあります。大変な時でもこの作業なら『任せてください』という気持ちになります。

いつの間にか入社5年目で後輩を育てることも意識するキャリアになりました。
後輩から、個人プレーで不安だという声を耳にしたことがあるんです。企画書のアイデア出しから作成、プレゼンまで一人でひたすら考え作業することに疑問はもっていました。やはりわたしも同じ経験をしてきたからこそチーム全体で取り組むことができないか考えています。既存のやり方を変えることは長期戦で先は長いと感じていますが、すぐに結果を追いかけるのではなく徐々に改善していくつもりです。
思えば、母親がすぐに投げ出すことを良しとしない人でしたね。強制することもなかったのですが、子供の頃からそんな母親の姿勢を感じていました。だからわたしも自然と、手放すこと自体の考えがないと言えるかもしれません。
嫌なことや苦手なことはたくさんあります。ただ、イコール中断とか辞めるとかは別もののようにとらえているのかもしれません。
友人からも『愚痴言っててもやるよね』とからかわれているくらいで、常に無我夢中。現状が変わることも不安がつきものですし億劫な感情よりも、ただ目の前のことに精一杯取り組んできました。それでいつの間にか続けているわたしがいます。
余裕など未だにありませんが、実直に試行錯誤し時に勢いで乗り切ってきました。これからも目の前の課題を投げ出さずにやり遂げる、ここはそのチャンスを与えてくれ、私が成長できる場です。
自社製品や職場環境、尊敬する上司やユニークな会社の制度など、毎週様々な「はたらくインセンティブ」を持つシゴト充実系20代女子にインタビューする「She Loves…」。第9回は、パーソナルサロン“salon new me ”を立ち上げた仲本あんりさんをご紹介します。
salon new me (http://salon-new-me.com/)パーソナルスタイリスト
愛知県出身
高校卒業後、母の背中を追いかけて看護師専門学校へ。看護師として働き始めた後、改めて自己を見つめ直しパーソナルスタイリストとしての道を歩き始めました。

中学時代は縮こまって過ごしていたように思います。浮ついたことはとがめられるような感じで。ずっと他者の目を気にしていたのかもしれません。その反動からか高校時代はギャルになりました(笑)。ファッション雑誌は常にチェックし化粧の仕方を研究して・・。アルバイトをしていたので貰ったお給料すべてをオシャレにつぎこみました。『その服かわいいね』と言われると純粋に嬉しかった。自分の自信のなさを補ってくれる言葉だったんです。そう言われることで認めてもらえた気がして、どんどん外見に執着していきました。するとわたし自身も、他者を見た目などの外的要因で判断するようになっていたんです。そんな毎日を明るく過ごしていましたが、アルバイトは常に転々としていました。ストレスや対人関係の問題が苦手で、何かあると逃げ出していたように思います。様々な業種を渡り歩く自分に、後ろめたさを感じていて卑屈になっていたのかもしれません。
母が看護師だったので迷いもなく同じ道を選んでいました。でも人間関係で疲れ入学から3か月で休学してしまったんです。そこから半年以上休んで、あまり外に出ることもなく引きこもっていました。ありがたいことに先生の後押しがあり、夜間の新しい環境で復学しそれを勢いに勉学に励みました。その頃からなんとなく学校に行きたくない日でも、メイクや服装がきまると気が引き締まって力が湧いてきたんです。不思議なことにエネルギーを与えてくれて一日を楽しく充実させている自分がいて。外見とは周囲の人にどう見られるかというよりも、自分自身のモチベーション自体を左右するものだと実感しました。
晴れて看護師として働くことになっても、相変わらず人間関係で悩んでいました。現状を脱したいというやみくもな気持ちもあったと思います。結婚をすれば何かが変わるのではないか・・という期待も含め、本気で婚活しました(笑)。晴れて結婚を果たし目標達成、しかしそんなに突然自分自身が変わるはずもなく、内面、外見と相変わらず隠す部分が多い私。夫にもすっぴん姿をためらうほどでした。それなのに、ある日アトピーで肌がボロボロになってしまったことがあるんです。隠したいのに隠しきれず、恥ずかしいのと焦りとでとにかく大騒ぎする私。ひどく取り乱す様子を見て、夫は『それくらいでどうした?』と。拍子抜けでした!汚くなってしまった自分を平然と受け入れてくれる人がいるなんて・・。今まで素の自分を出さず、常に最高でいたい、いなければと意地になっていたことが覆されたんです。わたしそのままでいいんだ・・と初めて気づいた出来事です。すると恥ずかしい反面、とても心が楽になったのです。

“好きな自分に出逢えると自分が変わる”。『面白いよ』と友人から勧められたある本の言葉です。わたしはどんな自分が好きなのだろう・・思い浮かんだのは、メイクや服装などのトータルな外見が決まった時、活力となり良い一日を過ごせた自分でした。身を持って体感していたからこそ他者にもこの想いを伝えたい。そこから養成講座、3か月間セミナーと参加し、思考回路の癖や根本の自分を見直す機会を得たんです。それに起業した女性とも多く出会い、100人女子会というイベントに出店したことも大きなきっかけになりました。多くの女性が、信念を持って自分の好きなこと、得意なことにチャレンジし前向きに人生を楽しんでいるんです。わたしだって好きなことは決まっている!好きなことを仕事に繋げたい、そんな熱い想いがどんどん強くなりました。いつでも根底には、夫がくれた言葉のように『わたしはそのままでいい』。今、自己肯定ができているからこそわたしも挑みたくなりました。
2017年、意を決してパーソナルサロン “salon new me ”を立ち上げました。お客様には外見の提案だけでなく、時に内面部から見つめ直すきっかけをご用意させて頂くこともあります。コンプレックスの根源を知ることは怖いことであったり他者に知られたくない部分でもあるかと思いますが、あくまでも自分で気づいてもらいたいー。そこからサロンの醍醐味につながっていきます。新しい自分を再発見して輝いている女性を見ていると、とても嬉しいし楽しいんですよね!それをわたしが手がけられ、提案し応援することこそ大きな喜びです。メイクや服装は外見上のものですが、自分自身と日々向き合い、信じいたわり、一番に大事にすることで内面からも強くいられる。内面・外面とトータルしてファッションと捉え、女性に寄り添いたいと思います。

まず女性に伝えたいことがあります。『もっとわがままで、自由でいい!』。自分の好きなこと、楽しいこと、心地良いことを大事にしてほしいですね。わたし自身が『楽しさに君臨する』をモットーとし、好きな自分かどうかを判断の軸にしています。いつだって心と身体は繋がっていて正直な反応が現れるんですよね。そのようなメンタル部分を含めてのパーソナルサロンを目指しています。何しろわたしが身をもって、以前の自分から変われるんだと証明していますから!お客様の喜びが自分に返ってきてくれることを一つひとつ大事にしていきながら、やるからにはお手本とされる女性になりたいですね。わたしが多くの先輩方から刺激を受け、目標としているように・・。そのためにはびっくりするような(笑)大きな収入を得て、いずれは本も出したいです!
]]>自社製品や職場環境、尊敬する上司やユニークな会社の制度など、毎週様々な「はたらくインセンティブ」を持つシゴト充実系20代女子にインタビューする「She Loves…」。第7回は、社長が大好き!接客が楽しくて仕方がない石黒愛望さんをご紹介します。
株式会社くわこや( HP:http://www.kuwakoya.com/ )
ビューティーアドバイザー
愛知県出身。母の実家が飲食店を営業していたため幼いころからお店の手伝いを経験。母から教えてもらった接客・サービスが自然と身に付き、お客様のためにできることを考えて感謝されることがいつの間にか自分のやる気に繋がっていたそう。現在は副店長として活躍中です。

母の実家が飲食店をやっていたので、よくお店を手伝いに行ってたんです。そのころから母や周りにいたスタッフさんたちから、「こんな時はこうしよう」という【サービス】を自然と教えてもらってたと思います。また家族内でも「もっとこうしたらいいのにね~」など話にあがる事もよくありました。
大学時代も飲食店でアルバイトをしていて、昔教えてもらったことが自然にできたので、ちょっと一手間加えたサービスで感謝されたり名前を覚えてもらえるのが嬉しかったです。自分がこんな状況だったらこんなことしてほしいなと思ったことを先にやる、するとお客様が喜んでくれる。とにかくお客様に喜んでもらうことが嬉しく、自分のやる気に繋がり頑張れました。
学生時代は教育について学んでいました。保健室の先生になりたかったんです(笑)悩んでいる子供たちの支えになりたいな…と思ってました。学生から見た保健室の先生って何でも知ってて、保健室は生徒の憩いの場みたいになってましたよね。そんなものをイメージして憧れてました。
就職活動の時も、就職先は教育関係で考えていましたが、「学校」と「一般企業」では働く空間が違うと思っていたので、一度は社会で揉まれてみたいと思い最終的には一般企業を選びました。

会社説明会に行くと決めたときは、サービス業で気になるしとりあえず行ってみようかな~ぐらいの気持ちでした。でも場所が大高イオンの映画館館内だったんです!率直に「面白い!」って思いました。映画館で説明会をする会社ってあります!?何だか当日行くのもすごくワクワクしちゃいました。説明会では色々な話を聞いたのですが、一番印象深かったのは社長の話でした。「うちの会社来て!」というスタンスは全くなく、就職活動に役立つことや、どうやっていくべきなのか、たくさんのポイントを教えてくれたんです。本気で学生のために社長が話をしてくれていることに感動し、尊敬しかありませんでした。と同時に、【絶対ここに入りたい!】そう思いました。
会社説明会もですが、店長が集まる会議、面接の選考もすべて社長は来てくれます。とにかく社長との距離が近い!説明会の話を聞いていいなと思い、社長の考えに惹かれて入社する人が多いのも特徴かもしれません。そして会うと必ず社長から1枚の紙をもらうんです。物事の考え方の助け舟になるような文章や、気に入った本の一文など・・・。いつも会社のことだけでなく従業員満足度を一番に考えているところと、サービス精神が本当に変わってているところが好きです。入社当初は他の会社にはないPRの仕方がとても気になりました。入社してから気づいたんですが、社長は社員が企画や仕事をやるときに必ず「楽しい?」「面白い?」と聞きます。社員が楽しいと思えるかどうか、を基準に考えて実践しているからです。だからこそ他でやってない企画が生まれるんだなと・・・。だから私も、何か考えるときはいつもお客さんに楽しんでもらえることを第一に考えてます!

女性の職場なので大変そうと思われるかもしれないですが、結構サバサバした人が多いです。それにみんなが一生懸命やっているからこそドロドロした感じは全くないです(笑)やっぱり時間ができるとドロドロ感が出てきちゃうと思うんですけど、そんな時間ないので!常に「目配り」「気配り」でお客様のこと、周りのスタッフのことを考えて仕事をしているし、みんなが同じ気持ちでいるので本当に思いやりが溢れている職場だと思ってます。
休みも土日休みじゃなくても全く苦ではないですね。希望を出せば連休で旅行もいけるし、何より、お店に行けばみんながいるし…。休みが続くと寂しくなっちゃいます。本当に人との関わりが好きだからかもしれないけど、環境もすごくいいのが魅力です。

副店長とは言ってもまだ未熟ですし、できないこともたくさんありますが、もっとやれる!日々成長を求めてやっていける!そう思えるのは環境のお陰です。
もっといろんなことを経験してもらえればいいからと言ってくれる上司がいるからできる。自分の納得できるところまで力をつけていきたいです。
今のポジションは店長とスタッフの間の仕事なので、私がいるから安心って言ってもらえるような存在になっていきたいですね。
そしてお客様にはお店のファンになってもらいたいです。
自社製品や職場環境、尊敬する上司やユニークな会社の制度など、毎週様々な「はたらくインセンティブ」を持つシゴト充実系20代女子にインタビューする「She Loves…」。第7回は、ネジが大好き!語りだすと止まらない笑顔が素敵な加藤 千尋さんをご紹介します。
株式会社 八幡ねじ( HP:https://www.yht.co.jp )
人事企画部
愛知出身
就職活動はそこまで一生懸命にやれていませんでした。ただ、漠然と就職先を考えたときメガネ屋さんが自分には合うと思っていました。そんな状況の中、大学の説明会で思わぬ出会いが…。そこから様々なご縁を重ね現在は人事としてご活躍中の加藤千尋さんをご紹介します。

大学受験の時は大学で「考古学」の勉強をしたいと思っていました。ピラミッドとかが好きですごく興味がありました。ただ考古学を勉強できる大学が愛知にはなかったためその道は諦め、違う選択をしました。そこで選んだのが、外国語学部。インドネシア語、また文化や宗教など他国について学びました。なぜ外国語学部だったのか決め手は特にないのですが、親が貿易関係の仕事をしていたこともありますし、やはり他国の文化を勉強できる機会はそんなにないので大学で学びたいなと思い決めました。
自分のキャラ的におとなしい性格なので、しっかり勉強することができて、お客さんに親身になって接客できるものが向いている、有形商材を取り扱いたい、と思っていました。価値が実在しているものがよかったんです。保険やシステムなどももちろん重要な商品やサービスですが、私は目に見える商材が売りたいと思っていました。自分が自信と誇りをもって売れる物に興味があったのです。そこで私が気になり、一番イメージがしやすかったのがメガネでした。

最初のころは就職活動も全く一生懸命やれていませんでした。そんなときたまたま行った大学の説明会に、今の会社の女性人事の方が2名来られました。元気で明るい方だったのが非常に印象に残りました。気になったので説明会後色々と調べてみたところ、インドネシアに工場があることがわかりました。ちょうど大学でインドネシア語を専攻していた私は、なかなかインドネシアに工場がある会社って少ないよな、とココでビビっと!また実家の近くに本社がある。これまたビビっと!最後は社長と出身高校が一緒ということがわかり、様々な巡り会わせから運命を感じてしまいました(笑)
とにかく社員は『ねじ愛』が強い!人の雰囲気もとっても良いです。説明会で感じたものと入社してからの人間関係のギャップは全くありませんでした。恐らく創業72年の歴史から会社の雰囲気、文化として「当たり前のことが当たり前にできる」風潮があるんだと思います。そういった文化があるからこそ、先輩からその文化を教えてもらい、それを後輩に伝えることも普通にやれる。そんなところも良いところだと思っています。一番ギャップがあったのが、社内のスピード感。古い歴史があるので昭和のような古臭い会社だと思っていて、ゆったりしているイメージでした。実際は、ものすごいスピードで動いていましたし、幹部との距離も近いので物事の決断スピードもとても早く、成長を感じられる環境です。

八幡ねじという会社だけにもちろん『ねじ』を作っているわけですが、特に好きという感情はなく会社で扱う製品という認識でした。最初に配属された部署は品質保障。毎日数えられないほどのねじを見て触り、正直辛いと思うこともありました。ただ、お客さんの要望に応えるため原因を追究することが仕事だと思ったので、この不具合はどうやったら起きるのかということなどを毎日検証して答えを導き出していました。徐々に色々なことがわかってくると、楽しくなったり、問題を解決できて嬉しかったり…気持ちが変わっていくのを感じました。特に何度も何度も検証を繰り返したものが商品となって販売され、世の中で使われていると思うだけであの辛かった日々が達成感につながりました。
『ねじ』は本当に宇宙ぐらい奥深い存在なのでもっともっといろんなところを知っていきたいです。結婚しても働き続けたいと思える環境があるから、自分の手で会社をよくしていきたいとも考えています。任せてもらえたり経験させてもらえる環境があるのに利用しないのはもったいないですからね!どんどんチャレンジしていきたいです!まだまだ人事として会社に協力できること、やれることは山ほどあります。古い体制も残ってるので新しくしていきたいですし、どんな人を育てていくことで会社の利益となっていくのかなど考え、もっともっと活躍の場を広げていきたいと思います。
]]>
自社製品や職場環境、尊敬する上司やユニークな会社の制度など、毎週様々な「はたらくインセンティブ」を持つシゴト充実系20代女子にインタビューする「She Loves…」。第6回は、とにかくこだわった家をつくる、家づくりを提案している羽間奈々子さんをご紹介します。
株式会社MUJI HOUSE( HP:https://www.muji.net/ie/ )
設計担当
岐阜県出身。父親が転勤族だったため、幼いころから引越し続きで色々な家や生活スタイルを経験。高校生までは別の道を志していましたが、やむを得ない事情で進路を再考した時に現在の道にたどり着きます。さまざまなデザインや間取りの家に住んだことで、自然と家自体に関心を持つようになり、それにかかわるしごとがしたいと思うようになったそうです。現在は設計士の資格を取得するため日々猛勉強をしながらご活躍中です。
幼少期より絵を描くことが好きだったので、高校はデザインコースを専攻。当時は、美大に進学して将来は何かしらアートに関わるしごとをしたいと、漠然と考えていました。ところが、父の転勤で高校2年生の時に愛知への転校が決まりましたが、普通科の高校にしか転入できませんでした。
やむを得ない理由なので受け入れるしかありませんでしたが、独学で美大に合格する自信もなく、また、正直芸術の道でお金を稼げるイメージも持てなかったため、美大進学を断念しました。大学選びの際は学部選択に悩みましたが、自分にとって身近な存在となっていた住宅に興味を持ち、建築が勉強できる学校へ入学しました。
最初は芸術系に行きたかったので正直勉強として学ぶとなるとそこまで乗り気ではありませんでした。
しかし、幼少期からたくさんの【家】を体験し心の奥底で思い描いていたものがフツフツと沸いてきて、少しずつ勉強を重ねていく中で資格も取得したいと思うようになり、いつしか自分の中で「ずっと建築の仕事をして行くぞ!」と思うようになりました。
とにかく一言で言うと【住宅】にしか興味がなかったんです。というか自分のその気持ちに気づいていなかっただけかもしれません。今思えば、大学進学で芸術系を選んでいても恐らく遅かれ早かれ今の職にたどり着いていたと思えます。

大学で建築業界に火が付き、とにかく【家の設計】がしたいと思っていました。
そのため就職先は設計の仕事でしか探していませんでした。ただ、この業界で長く働きたいという思いは当時から持っていたので最初の5年ぐらいは現場を経験しといた方がいいのかなという悩みもありました。新卒で右も左もわからない時、若くて体が動くときにしか学べないことが現場にはあると思っていたからです。
そんな時に説明会である会社に出会いました。そこで話をしている女性が大きなきっかけをくれました。後の上司なんですけどね(笑)
その女性は現場を経験されていて話を聞いたときに感じたのが設計に対する自分の考えが甘かったな。という感想です。実際に家を作っていく過程で水道や電気のことも全く知らず設計なんかできるわけない。怖いなと思ったんです。
現場での話は私にすごく大きなインパクトを与えて今の自分に大事な気づきをくれました。そしてその気づきに感銘を受け希望通りその会社で現場監督(施工管理)を経験することになりました。
現場では縦社会を身にしみて感じましたしとても勉強になりました。1棟を作るのにすごくたくさんの職人さんが関わっているんですよね。
その中で現場監督はみなさんと上手にコミュニケーションを取って仕事をお願いしなくてはいけません。
新人だったので周りはみんな先輩。もちろんできないことやわからないことも多く、怒られることも本当にたくさんありました。とにかく自分のことで必死で周りのことが全く見れていなかったんですよね。
お願い1つにしてもお願いの仕方や、頼むのであれば自分がどこまでやっていないといけないのか、全体を把握しながら職人さんにお願いをするのは難しく大変な仕事でした。ただ、大変な中にも非常に学びが多くとても刺激的な日々を体験させて頂きました。そんな充実していた中会社がある時突然なくなることに・・・

遅かれ早かれいつかはキャリアアップしたいと思ってました。でも5年ぐらいと思っていた現場監督経験が、会社の倒産により2年間に。まだちょっと早いかなと思っていたところもありますがずっと気になっていた今の「無印良品の家」に設計職希望で受けてみました。するとなんと採用!
設計の経験はありませんが勉強しながら学んでいく環境を与えて頂けました。自分が思い描いていたタイミングより早くチャンスが巡ってきたんです!
正直設計するために現場監督を経験しましたが、まだまだ知らないことがたくさんありました。そりゃそうですよね。難しいのは当たり前ですけど、現場知らずに入るよりよかったと思ってます。後は大学で学んだ知識を今実務で活かせてるのはやっててよかったと思ってます。後は、お客さんの生の声が聞けるのは本当に新鮮ですごく楽しいです。
一言で言えばコンセプトが学生の時から好きだったんです。家は<住み替えるところで主役ではない>
時間が経つにつれて暮らし方は日々変わっていきます。その中でライフステージに沿った家が理想ですよね。
その時々によって合わせた変えられる家が好きでした。
自分も引越しとともにたくさんの家を経験してきましたが、年齢が上がるにつ入れて一人部屋が欲しいとか、状況って日々変化していくんですよね。そこをかなえてくれる家を会社全体で押しているところに非常に共感していました。しかも、そのコンセプトに沿って提案ができるなんて夢のようです。だから【無印良品の家】だったんです。

とにかく今は設計士の資格を取るために猛勉強中です。本当に【家】しか興味がないんです(笑)でも家って誰もが帰る場所だし、その中にいる自分をイメージすることってできますよね。だから拘りたいし、お客様にも拘ってほしいと思ってます。家は主役ではなくライフステージによって住み替えるものだと思って、その時々で自分の好きな空間を作って欲しいんです。自分の性格上こだわりが強いところもあって昔からやるならとことんゼロか100!やるからにはちゃんとわかりたい!と思う性格なんです。それに3姉妹の長女なのでおせっかいでお世話をやきたい気持ちも溢れていて(笑)昔の気持ちを思い出してこんな部屋欲しかったな、こんな空間欲しかったな。そんな想いからお客さんには自分の居場所を楽しい場所にしてほしいんですよね。だからこそこれからも拘った家をつくる、家づくりに関わっていきたいです。将来は自分の家を作りたいですね。現場を見ていろいろ知ったからこそのアイデアを出して自分の手で作り上げたいです。たくさんのこだわりの詰まった家をつくる、家づくりが目標です。
]]>自社製品や職場環境、尊敬する上司やユニークな会社の制度など、毎週様々な「はたらくインセンティブ」を持つシゴト充実系20代女子にインタビューする「She Loves…」。第5 回は、医学部を志望する生徒さんの担任として見守り、成長をサポートしている伊藤あかりさんをご紹介します。

キョーイクホールディングス株式会社( HP:http://www.medical-labo.com/ )
医系専門予備校の学校運営スタッフ
千葉県出身。都内の大学を卒業後アパレル会社へ入社。5年間在籍し、いち販売員から店長になり、バイイングやコスト管理など、店舗運営に関して幅広く経験を積む。目標としてきた“売上No1店舗で店長を勤め上げる”ことも達成し、大いなる充実感とともに今後の方向性を見失う。そこで転職を決意して業界を検討したときに、「自分の若かりし頃(学生時代)の失敗やそれが社会で活きたこと」「前職で自分が指導育成に携わった後輩が成長していく様子を見てこの上ない喜びを感じたこと」などに気づき、教育業界へ軸足を置いて活動を開始。数多くある会社の中から現在の会社を選び入社。夢に向かって頑張る生徒さん、約20名の担任として活躍中です。
高校受験の際は、通学できる範囲にある高校でもっとも偏差値の高い学校を受験し、見事に合格!相当せのびして受けたので、われながらよく受かったと思います(笑)。中学時代は、「自分は勉強しかできない」と思い込んでましたので…意地でした。
高校時代は勉強をガムシャラにやってきましたが、自分はやったことしか頭に入らないのに対し、周りの人は少しの学びで応用まで理解できてしまう…壁を感じました。自分は勉強で成り上がるしかないと思ってやってきたので、ここで行き詰まりました。
昔から勉強しろと親から言われたことはありませんでした。ただ自分で勝手に「やらなきゃ」と思い込んでがんばってきましたが、前述のとおり挫折してしまいます。結果、大学進学の際は良くも悪くも開き直り、じぶんの興味関心のある分野を選ぼうと思うようになります。小さいころから洋服が大好きだったので、大学は家政学部の被服学科がある日本女子大を選びました。大学での勉強は服を作る実技よりも、消費や文化・歴史などの授業が多く、それらも興味深く学びました。好きなことに携わることが楽しいと実感した時期です。これと思ったらとことんのめり込む性質だったようで、実技も更に学びたくなり、ダブルスクールで専門学校にも通いました。
自分が好きで学んできた分野で人と関われる「アパレルでの接客販売職」で、実力次第でステップアップできる環境を求めて中小企業を中心に就職活動を展開。結果、希望通り香川県本社のアパレル会社へ入社できました。入社当初は本社近くの店舗に配属。2年目には店長、4年目には当時売り上げNo.1だった名古屋の店舗へ店長職として大抜擢。仕事は本当に楽しく、就職する際に考えていた通り、チャンスも早い段階でたくさん頂きました。店長決済で何でもやらせてもらえたので、バイヤーがセレクトしてくれた商品を店舗に合わせて選んだり、展示会に連れて行ってもらったり、販売員としてお客さんと接しながらもオリジナル商品制作の企画までやらせて頂きました。
2年目から後輩が入ってきて指導する側になったとき、いきなり後輩に何も気を遣わず怒ってしまったことがありました。今思えば、人格を否定するような言い方で言葉選びもひどかったと思います。初めての後輩、且つ新米店長の自分もできていないことが多い中で教えなければいけないことに、フラストレーションを感じていたためでした。明るい接客がウリだったその後輩が委縮してしまい、接客から笑顔が消えたのを見てとても後悔したのを今でも鮮明に覚えています。猛反省してそこからは、自分がしっかりお手本になること、叱っても引きずらないこと、できたことをほめることなど、店長として後輩の育成に目覚めました。今ではその子が店長として頑張ってくれていることがとても嬉しく、最大の誇りです。
結婚観も特になく、このまま仕事を続けるものだと思っていました。ただ、短期間でいろいろ経験できたことや、入社当初立てていた目標を5年でクリアしてしまったことなどから、仕事に満足感を覚えてしまいました。また、上のポジションもなかなか空かないなどの事情もあり、今後を考えたときにある程度先が見えてしまった時に、じぶんの中にぽっかり穴が開いてしまいました。今後のことをぼんやり考えている時に、あることに気づきました。洋服は趣味として大好き、でも仕事として好きなのは顧客とのやりとりや、部下の育成だった。そこに一番のやりがいを感じている自分に気づきました。

転職を決意し、接客と教育を軸に企業を探し、いろいろな対象やスタイルの教育会社へ応募。今の会社は面接に行ったとき、会社の雰囲気や社員の方々となんとなくフィーリングが合ったように感じました。差別性があることと、明確な目標をもって頑張っている子たちを応援できること、何よりその成長に関われることに魅力を感じ、入社を決めました。
前職ではモノを売っていたため、入社当初はサービスを売ることの難しさをとても感じていました。年度末になって担当していた子が結果を出せなかったときの「しんどさ」といったら、言葉で言い表せないくらいです。もちろん、本人たちが一番悔しい思いをしているのは当然ですが、自分の責任の重さも身をもって感じました。「授業料を頂いておきながら、お客様が求める結果を提供できない」状況に、とても複雑な心境でした。もっとやってあげられることがあったんじゃないか…自分を責めることもありました。万人に共通の正解がないので苦労は多いですが、その分やりがいも今までにないほど感じています!
遠い先のことはまだあまり考えられません。とにかく、自分のスキルを磨き、担当した生徒たちを100%希望に導けるような存在になりたいです。
私はいま、担任として生徒の目標に向かって支援をする役割を担っています。その昔自分がガムシャラに勉強に取り組んだことや、その勉強で挫折したこと、学力アップから逃げ出したことなど、いろいろな経験をしてきたからこそ、医学部受験という厳しい勝負にチャレンジしている生徒たちの苦労や苦悩に寄り添えると思っています。
長女気質なところもあってか、昔から人のお世話をするのが好きなんでしょうね。そこにとてもやりがいを感じています。これからはどれだけ生徒に信頼してもらえるか、それをどれだけ返せるか。1年目のような後悔をしないよう、今後も1人1人に向き合って成長を見続けていきたいと思います。
]]>自社製品や職場環境、尊敬する上司やユニークな会社の制度など、毎週様々な「はたらくインセンティブ」を持つシゴト充実系20代女子にインタビューする「She Loves…」。第4 回は、100人に1人しかいないヨガインストラクター×アスレティックトレーナーの資格を持つ鷲主愛美さんをご紹介します。

パーソナルヨガトレーナー(ヨガインストラクター×アスレティックトレーナー)
名古屋市出身。アスレティックトレーナーの資格を取得するため専門学校へ入学。卒業後は接骨院で2年間勤務。そこから現在のパーソナルヨガトレーナーになるまで、様々な出会いや転機がありました。じぶんの「内なる声」に耳を傾け、自分が「心地よい」と感じるものを選ぶことで生活が充実する。実体験を持ってそれを確信した彼女は、ヨガ×フィジカルトレーニングの独自メソッドによるインストラクションを開発。現在、名古屋市内で延べ1,000人以上の生徒さんを抱え活躍中です。
母親の影響もあって小さい頃からバスケに慣れ親しんできました。小学4年生から本格的にスタート。高校は岐阜県の全国を目指すチームのある学校に進学。寮生活でバスケ一色でした。ところが高校2年生の時に前十字靭帯断裂の怪我をしてプレーができなくなります。その時に気付いたことが「私ってバスケ本当に好きなのかな?」どこかで母親に喜んでもらいたい、認めてもらいたい、そんな想いで頑張っていたような気もする…。怪我をしたことで原点の気持ちに気づくことができました。
進路選択の時期わたしは、怪我をした時治療でスポーツトレーナーさんにお世話になったことで、表舞台に立つ側ではなくて裏方でサポートする仕事に強く関心が向くようになっていました。裏方のしごとは多々ありますが、せっかく続けてきたスポーツに何かしら関わりたいとの思いから、アスレティックインストラクターを目指すことを決断し、その関係の専門学校へ進学。並行して接骨院にてアルバイトし、卒業後にはそこへ就職します。
新卒の「やりたいこと・挑戦したいこと」も聞き入れてくれるステキな環境だったため、通常業務をやりつつもいろいろなことに挑戦させてもらいました。例えば、子供に運動を教える教室を開講させてもらうなど、何でもやりたいと言ったことをやらせてもらえる環境は本当に刺激的で楽しい毎日でした。
そんな中、たまたま接骨院でやっていたヨガを受けてみました。別にヨガに高い関心があったわけではないのですがなんとなく受けてみたんです。やってみて非常に印象的だったのが、「心の変化を感じたこと」です。ヨガを初めて感じたことは、自分が気持ちいい、「心地よい」と思える感覚に出会えたことです。他人の正解ばかりを探して生きてきた私にとって、初めて自分が感じている「心地よい」感覚に驚きました。ヨガによって自分に向き合い、内の声が聴けるようになったのです。これは何故?私は一瞬でヨガの魅力にハマり、もっと知りたくなりました。そしてさらに本質を追求したいという欲求にかられ、本場のインドに行ってヨガを学びたいとまで思うようになりました。

仕事を辞めるつもりはありませんでした。不安ですよね、普通に。でもインドに1ヶ月修行に行くので仕事休ませてくださいとはさすがに言えませんでした。うずうずしながら、とりあえず身近でできることをと思いセミナーなど受講していると、同じ志をもった先輩や仲間に出会いました。結果、ポジティブな仲間たちの応援と、私の内なる声「やりたいことを仕事にし、まいにちが楽しい!を実現したい」がじぶんを後押しし、退職とインド修行を決意。単身インドへ渡りました。
インドでは最初こそコミュニケーションや文化の壁に悩むも、本場のヨガに触れながら「心地よさ」を取り戻しました。自分が思い描いているやりたいことをやって、出会いたい人に会え、人脈、環境が変わっていくのを実感していきました。
帰国後はスタジオオーディションを受けレッスンを始め、グループレッスンを中心に少しずつ活躍できる場を増やしていきました。ただ、やりはじめてからグループレッスンには少し違和感を感じていました。それが悪いとか良いとかの問題ではなく、私が引っ掛かっていたのは私がヨガで伝えたいものはこれだけじゃない。その人のことをちゃんと知って、自分の伝えたいヨガを伝えたい。自分と向き合うことができて「心地よい」感覚を知ることができた。私はその自分のきっかけになったヨガを伝えたい。そう思うようになり、パーソナルヨガを開始。少しずつ生徒さんも増えてきています。
正直に言うと、まだ先のことはよくわかりません(笑)。でもはっきりしているのは、自分のスタンスです。仕事をしながらヨガによって自分も磨かれ、周りの人にも良い影響を与えられる。自分自身が仕事であり、「心地よい」自分が本来の姿だと思っています。1日1日を大事にしていきたいです。将来的にできれば自分のスタジオを憩いの場として作り、自分のパーソナルを広げ、「自分軸」で生きていく人を増やしていきたい。そのための場所をつくっていきたいと思っています。
